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2008年4月22日 (火)

塩はシオニズム

は古事記でも聖書でも特別な意味を持つ言葉として扱われている。

古事記では国生みの前段階(イザナギとイザナミが国生みをするときの踏み台となる淤能碁呂島の生成)のところで出てくる。

その前に、まずこの部分を押さえておく。コトタマ【】である宇摩志阿斯訶備比古遅の神(うましあしかびひこぢのかみ)の登場部分。

国稚(わか)く、浮かべる脂の如くして水母(くらげ)なす漂へる時に、葦牙(あしかび)のごとく萌え騰がる物に因りて成りませる神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遅の神

草の芽の萌えいずる混沌とした無限の力が、今にも爆発しそうに充満している状態。「脂」と「萌」と「ヲ」と「R」で脂臭いロリータ萌えヲタクを連想してしまいますが、確かに彼らの無駄なものに賭けるエネルギーってすごいですよね。この混沌とした様子をここでは「原初の海」と呼ぶことにする。

そしてイザナギとイザナミは天津神たちの「この漂へる国を修理(おさ)め固め成せ」との命を受け、天の沼矛(あめのぬぼこ)を賜った。そして天の浮橋に立ち、天の沼矛で原初の海をかき混ぜ、を「こをろこをろ」とかき鳴らしたあと、引き上げた沼矛の先から滴り落ちるが固まって淤能碁呂島(おのごろじま)になった。その後淤能碁呂島に天降(あも)って天の御柱(あめのみはしら)と八尋殿(やひろでん)を立て、数々の島生みの拠点となる。

とまあ、この部分にが出てくるわけですが、『古事記と言霊』には、塩は四穂(しほ)の意味でアオウエの四つの母音の事を指すと書かれています(イは父韻にもかかるので除外されている模様)。つまり天の沼矛は父韻で、たとえば父韻【K】で母音【A】をかき回せば【カ】という心の締まり(=島)になる、ということのようです。

わかったような、わからないような。もうちょっとイメージ的にしっくりくるわかりやすい表現が見つかればいいのですが。

聖書に出てくるは、あの有名な「汝は地のなり」ってやつですね。こっちは機(しお)の意味で、物事の変化のきっかけのことをいい(潮時の潮か?)、父韻のことらしい。

なにがなんだかw ひとついえることは、父韻は時間の経過による変化とか、リズム(律動・力動)とかも表すようです。数(数学、物理など理系の分野)と関わってくる。

あとはシオニズムに関係しているような気がします。涙とかしょっぱいとか、なんかそんな感じ。基本的にルサンチマン。だからこそ無限の原動力を秘めている。失敗は成功の母とも言うし。再チャレンジ!

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