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2008年7月 6日 (日)

at、鬱、愛はヒルコの音

古事記で有名な、イザナギとイザナミによる国生みの場面。もしかしたらその本筋の国生みよりももっと有名かもしれない、創造の失敗の場面。

ヒルコはイザナギよりもイザナミが先に声をかけてしまったために失敗作として生まれてきた。そのため第一子でありながら、正統な子供の数には入らない。

この部分をコトタマ学的に読み解くと、イザナギは父韻で、イザナミは母音にあたり、正統な子(子音)を生み出そうと思ったら、まず父韻を先に発音しないといけない。

たとえば父韻【チ】(T)と母音【ア】(A)が組み合わさって生まれる子は子音【タ】(TA)ということになるが、もし母音を先に発音してしまったら、ATとなり、日本語では発音できない音になってしまう。だから正統な子(子音)の数には入らないのだ。

字訓』より:

愛の古音は at、欝・鬱(うつ)と声が近く、思いが心の中にみちて、どうしようもない感情をいい、「かなし」の語義と最も近い。

まさにそのとおりではないでしょうか。声にならない、言葉にならない感情。失敗作として捨てられてしまった子の無念や無力感、そして後ろ髪引かれるような哀憐の情、そういうのひっくるめて“愛”なのだろう。

愛とは、前に向かって、光に向かって突き進む心ではなく、後ろ向きの、日陰の心なのだなぁ。

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