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2011年7月 4日 (月)

血の記憶

数日前にその子ちゃんが夢に出てきた。中学生の頃からずっとファンだったけど、こんなことは初めてだった。

たくさん泣いたような気がする。わたしの癒されぬまま抱え続けていた痛みが、涙とともに、少し溶けた。(頑固なので全部は溶けません)

地獄というものがあるとしたら、たぶんわたしは子供の頃、地獄にいた。

全身の傷から血が噴き出し、その傷をやすりにかけられ、その痛みに耐えるだけでも精一杯なのに、執拗に鞭打たれ、罵られ、唾を吐きかけられる地獄。

わたしから見れば、他の子たちは大人たちに庇護されて、甘やかされて、とっても楽ちんそうに見えた。みんながとってもうらやましかったよ。どうしてわたしだけ、誰にも理解されぬまま、たったひとりでこんな重荷を背負わないといけないのだろうと。

わたしの痛みは、わたしの苦しみは、一体、誰のため、何のためにあったのだろう。わたしはそれがわからないかぎり、とてもじゃないけど報われない。

その子ちゃんが今までにないほど近くに感じる。そして気づいた。わたし、本当にその子ちゃん好きだったんだなぁって。初めて会ったときからずっと。

わたしがまだ幼く、そして最も過酷な試練の渦中で出会ったせいもあるのだろう、わたしは自分の流した血によって、とても強く、彼女と結びついていた。わたしがその子ちゃんと出会ったのと、まりと出会ったのは同じ1985年です。

【関連記事】
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あめのみくりや:ドラゴンヘッド、ドラゴンキャット(追記)

S006p11 その子ちゃんは外見はあんなに楚々とした美人だけど、内面的にはとても熱い血が流れているのを感じた。情熱(パッション)を感じた。今までは気づかなかったけど、その子ちゃんが夢に出てきて以来、それを強く感じるようになってきた。

(今まで気づかなかったわたしはお馬鹿さんだったのでしょうか?それとも子供だったの?)

(※画像はこちらのサイトからお借りしました。Take's Page(Sonoko Special) おかっぱ頭でコムデギャルソンを来たその子ちゃん。)

その子ちゃんの誕生日(6/20)の象徴が、ブラッドストーン、ベロニカ、深紅のカーネーション、血茅など、血やキリストの受難(パッション)に関わるものばかりというのもあるのだろうか。

【参考リンク】
色と音と数の法則:誕生日の石と花

誰にも理解されない痛みだから、それはわたしだけのものになったのだ。わたしの痛みはわたしのもの。とても高い代償を払ったのだから、ほかの誰とも、ほかの何とも引き替えにはできない。足元を見てくるような奴は、馬鹿にしないでよと張り倒したくなる。

まりを取り戻したように、わたし、その子ちゃんだって取り戻したいわ。その子ちゃんは自分はアイドルには向いてないって言ってたけど、それは自分が決めることじゃないもん。アイドルって、自分がなりたくてなるもんじゃなくて、人から強く希われて、祭り上げられるものだと思うから。

人にはそれぞれの運命がある。その子ちゃんはわたしのために、わたしのアイドルであり続ける運命なんだから!

わたしは現実社会での自分の人生を失ったのと引き替えに、多くの歌手やアーティストに今まで助けられてきたと思うけど、だけど、最初と最後は、やっぱりその子ちゃんでなきゃダメなのよ。

…最後、と今自分で言って気づいたけど、今、日本がとても大変な時期に来ているように、終わりの時は、刻一刻と近づいているのでしょうか。

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