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2014年7月20日 (日)

「May J.の歌はなぜ心に響かないのか」について

では、ここから本題。May J.の声質の謎について。

一番最初に感じたことは、「本人の本当の声がよくわからない」ということです。そのときのツイートを引用します。

食欲だったり性欲だったりという人間の生命活動を行う一番根っこの部分が空洞というのでしょうか、一言でいえばルーツが不明ということです。ルーツというのは、民族意識と大きく関わってきますね。

民族意識[みんぞくいしき]
national consciousness

他民族との接触・交流あるいは対立のなかで,人種的表徴・言語・文化・生活習慣の相違から素朴に感知される自民族への帰属感を基礎として形成される社会意識。他民族と区別され,また他の小共同体を超絶する共同体として,自民族を意識するところに成立する。

もっと簡単に言うと、民族意識とは、「ある民族に属しているという自覚。同じ民族の仲間という連帯感。」

May J.の歌はいくら日本語で歌っていても、日本人の民族意識には訴えかけていないので、心に響かないとか、ただ機械的に歌ってるだけと感じる人が多いのです。彼女の歌は民族意識等に縛られない、純粋な愛によってでしか共鳴しない。

ところがですね、英語だとまた話が変わってくるのです。

彼女はなんと、自分で作曲もするらしいのですが、その自作曲を聴いて度肝を抜かれた。これはまるで別人?と想うほど、いきなり心に響いてきたのです。

May J. - For You / Colors

May J.のほとんどのオリジナルアルバムの表題曲が、英語詩の自作曲になっているようです。アレンジはピアノやアコギがメインでシンプルです。ピアノは自分で弾いてるのかもね。哀愁の漂うなかなか素敵な曲です。地味すぎて絶対に売れないだろうけど、わたしはこっちのほうが好きですね。

中にはInterlude[間奏曲]とついているものもあるように、いずれも短く、アレンジも簡素な小品なのであんまり目立ちませんが、なんといっても表題曲、タイトルチューンですから、彼女が一番いいたいことはこれらの曲に詰まっていると言っても過言ではないでしょう。

個人的にはこの方法はすごくスマートで洗練されているなと感じました。一番目立たないところに一番想いを詰め込むなんて。

その後いくつか曲をYouTubeで聴いてみて、カバーでも英語歌詞なら心に響きやすいということがわかってきました。わたしは英語のリスニングはまったくダメです。意味はわからないのに心に響く。なんでや。

May J.の歌は、日本語歌詞の場合と英語歌詞の場合では、響かせる場所が違うのですね。彼女にとって日本語は母国語ではなく、英語のほうが素直に自分を表現できる言語なのではないでしょうか。日本語の歌はそれに比べて、取り繕っている感があるかもしれません。

英語というのは世界共通語であり、多国籍的な言語です。もちろん元々はイギリスの植民地政策の成せるわざですが、今となっては英語を拒絶して生きていくことは難しい。日本以外の多くの国では、英語は第二言語として根付いています。日本だけはまた別の話になってきますが…。

そのMay J.がなぜ、得意な英語ではなく、おそらく苦手だと思われる日本語で歌うことが多いのか、それは事務所やレーベルの、マーケティングを意識した意向である可能性が高いでしょう。

日本では英語歌詞でヒットを飛ばすのは難しいのです。売れ線を狙うなら日本語歌詞しかありえません。

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

ちょっとここで、日本語と英語と違いというか、むしろ日本語の特殊性についてのパラグラフを挿入します。

日本人は日本語という言語を母国語としている代償に、音楽を聴く耳を半ば失っています。日本人は歌詞とその歌詞を乗せた主旋律しか聴かない人が多く、凝ったアレンジなどは雑音として「うるさい」と感じる人が多いぐらいです。

その理由は、日本語は左脳偏重言語である、というところにありそうです。

【参考リンク】
日本人の脳の特性 右脳と左脳

上のリンクによると、左脳は言語脳、右脳は音楽脳といわれるが、日本人にとっての右脳を音楽脳と呼ぶのは適切ではないとのこと。

日本人は音楽も左脳で処理する。鳥の声や川のせせらぎ等の自然音ですら左脳で処理する。つまり、言語化してしまう。西洋楽器の音や雑音は右脳で処理するそうです。

つまり、日本人にとってロックであろうとクラシックであろうと西洋音楽は雑音と同じってことですよね。日本人はどんな楽曲でも歌詞とボーカルしか聴かないと言われるのはそのためだろうと思われます。

でも、いろいろな音楽を聴き続けることによって耳を鍛えることはできるからね。一旦チャネルのようなものが開いちゃえば、びっくりするぐらい多くの音が聞こえてくるようになる。それらは今まで鳴っていなかった音ではなく、脳が雑音として排除していた音なのです。

少し話がそれてしまいましたが、May J.の歌の謎を語るのに、リスナー側、すなわち日本語を母国語とする日本人の脳の構造について語ることは切り離せないと思い、少しページを割きました。

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

以上のことをふまえて考えると、あまり音楽になじみのない日本人にとって、May J.の歌声は西洋楽器の一種と認識され、雑音(意味をなさない音)として排除されてしまうのでは?だから心に響かない、右から左へすり抜けるような感覚がしてしまうのではないだろうかという仮説。

もちろん洋楽を聴き込んでいるような人にとってはそのようなことはないでしょう。それでも感じる、一種の空虚さ、物足りなさというのはあるのではないでしょうか。

技術としては申し分ない、おそらく世界のボーカリストと比較してもひけを取らないほど本当に歌は上手い。生で歌っても、アカペラで歌っても、どこで歌ってもCDクオリティというのもまた彼女のすごいところ。

だから余計に、機械や楽器の一種のように感じてしまうのかもしれませんね。画竜点睛を欠くかのようなもどかしさを感じてしまいます。

長くなってきたのでとりあえずここで切って、次の記事ではMay J.の動画をいくつかYouTubeからピックアップして、それについてコメントを書くという形で展開していこうと思います。

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

最後に一曲。日本語歌詞で売れ線狙いの曲ですが、作曲はMay J.本人と誰かの共作になっているようです。クレジットはこうなってます。しかし可愛いPVだな~。

作詞:Shoko Fujibayashi 作曲:May J. / Jeff Miyahara

May J. - Be mine ~君が好きだよ~

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