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2015年10月の1件の記事

2015年10月 4日 (日)

百年続く僕の庭

気がつくともう1年以上立ってしまいました。ずいぶん久しぶりの更新になってしまいましたが、このブログ、まだ遺棄したわけじゃありませんのでw

なんかけっこう思うところはあっても、なかなかまとまった文章にできずにいます。書いては消して書いては消して。結局UPせずにストックしたまま。

で、今回書こうと思ったのは、これはけっこう大ネタでは?と思うことがあるからです。まあ、メモがてらに書いてみます。

以前、河合その子ちゃん絡みで書いた記事に、ロリータ℃のアルバム『ロリータの温度』(2001)に収録されている『うしなう』という曲を紹介しました。その歌詞(ナレーション)なんですけど、改めて聴いていると、あれ?と思いました。その冒頭部分を引用してみます。

百年続く僕の庭に咲く 花や木に水しぶきが上がる
その水際の向こうに 君が涼しげに佇む
僕は想いをそっとハートにしまい込む

…百年続く、花、水、木。これって…一青窈の『ハナミズキ』に似てない?May J.がカバーしたことで再び脚光を浴びたのは記憶に新しいところです。

【関連リンク】
一青窈 ハナミズキ 歌詞

『うしなう』も含めた『ロリータの温度』の全曲作詞は少女漫画家であり小説家の白倉由美。作曲は後藤次利

クレジットに記載はありませんが、『うしなう』のナレーションを河合その子が朗読しています。その子ちゃんも含めてロリータ℃というグループ名なのかと思われます。メインボーカルは平野綾が務めています。ほかにも2人ぐらい歌ってると思われますが、詳細はわかりません。

ネットをざっと検索してみたところ、この歌の歌詞を読めるサイトは見つかりませんでした。なのでリンクを貼ることもできませんので、当サイトにちょっくら全文掲載してみようかと思います。本当は違法だと思いますが、だったらちゃんと正当な方法で誰か読めるようにしてくださいwそれまでは載せておきますね。

斜体の部分がナレーションです。まあ、ほとんどですね。

ロリータ℃ 『うしなう』
作詞:白倉由美
作曲:後藤次利

百年続く僕の庭に咲く 花や樹に水しぶきがあがる

その水際のむこうに 君が涼しげに佇む
僕は想いをそっとハートにしまいこむ

十年前に失踪した弟が
君を連れて不意に戻ったのは一年前
まだ子どもの面影を残した彼らは
左手の薬指に互いの名前を書いた指輪をしていた

違う惑星にうまれ めぐりあった運命の恋人たち
雨という名前の犬が 尻尾をふって
庭に死んだ金魚を埋めるふたりのまわりをまわってる

憂鬱な未来に思いを馳せる
灰色の空が西から青にそまり 虹が架かる
なんて切ない光景
弟の左手の薬指がきえた
同時に弟も消失した

満月で揺れる セロファンのマリアージュ
夜に漕ぎ出す ささやかなハニー・ムーン
羽ばたく幾つもの 小さな想いをこめてる
うしなう
愛があふれてゆくよ
誰にも言えない秘密があるよ
でも僕らはストーリィ でられない
そして……

“百年続くものはなんでしょう?”
君の微笑みがこぼれるたび
答えをいいたくなってしまう
それはね 愛なんだ
誰でもそれをもってうまれてくる
だから失われることはないんだよ
その幾つもの 小さな想いをこめて
弟の携帯のボタンを押す

ちいさなテレフォンには「圏外」の文字
「あのひとは圏外にいるの?」清らかな君は首をかしげ
僕の微熱は止まらない

君は細い手足で 飛ぶようにふんわり歩く
そしてある日 彼女も消える

三年後 彼女が戻ってくる
弟の残した小さな男の子の手をひいて
もう僕は誰も うしないたくはないから
庭のタチアオイはなにも語らない
そして 僕はまた秘密を庭に埋める

いつかこの想い 叶う願望(ゆめ)を殺した
闇に漕ぎ出す ささやかなスイート・ムーン
胸の鼓動傷つけ 空見上げると
記憶すら うしなう
愛があふれてゆくよ 誰にも言えない秘密があるよ
でも僕らはミレニアムを歩めない
きっと……

違う惑星にうまれ めぐりあった運命の恋人たち
雨という名前の犬が 尻尾をふって
庭に死んだ金魚を埋めるふたりのまわりをまわってる

百年続く僕の庭に咲く 花や樹に水しぶきがあがる
その水際のむこうに 君が涼しげに佇む
僕は想いをそっとハートにしまいこむ

一人称「」、二人称「」、「百年続く」、「」「」「」、さらには「」、「水際」という歌詞も入ってますよね。庭のハナミズキ庭のタチアオイ。あと、歌詞全体の根底に流れている、「僕」の人に言えない、ひとりで抱え込んだ秘密の重み、そして恋人たちの長寿と幸せを願う祈りも一致しています。

この曲とどっちが先なのか後なのかよくわからないのですが、この曲のモチーフとなった(あるいはこの曲をモチーフにした)小説も存在しています。作者は同じ白倉由美で、短編集『おおきくなりません』収録の『世界が文学だったらいいのに

以前も書きましたが、これは「庭に愛する者の死体を埋め続ける男」の話なのです。

この男「静寂薫(しじま・かおる)」は陰鬱とした旧家の、自殺家系の最後の生き残りの当主であり、その庭には先祖代々の自殺した家族の死体が埋められている。男は墓守でもするかのように、時が止まったかのような静寂の中でひっそりと生きている。そして弟もまた愛する彼女を残して自殺してしまいます。

弟の光(ひかる)は兄とは母親が違うということなので、おそらく妾の子でしょうか。事情あって本家に引き取られたが、居づらいのか家出を繰り返していた。そして彼女を連れて帰ってきたかと思ったら突発的に自殺してしまう…しかしその死の真相は兄しか知らない。

小説では自殺なのですが、兄によって語られる『うしなう』の歌詞を読むと、兄が殺したんじゃない?としか読めないところがちょっと怖いところです。しかも殺す動機も十分です。兄は年の離れた弟の恋人である儚げな少女・野ばらを愛してしまっていたからです。横恋慕というやつですねぇ。

さて、これが一青窈の『ハナミズキ』となにか関係があるのか、それをちょっと考えてみてもいいかなぁなんて思います。

一青窈といえば、小林武史と不倫関係にあったことで知られていますが、この小林武史というのが、実は後藤次利と何度も一緒に仕事をしたことがあり、おニャン子関係のキーボード演奏者としても活躍していました。河合その子や渡辺美奈代、工藤静香のアルバムのクレジットにもその名が記載されています。

また、後藤次利がルーシー・モノストーンなら、小林武史はリリイ・シュシュという一時流行った架空のミュージシャンつながりでもあります。

小林武史の音楽には「水」の要素を強く感じます。ただ、水はひとつのところに留まってはいません。次々とより低い場所低い場所へ流れていく性質があります。

「水」は今どこにあるのか、それは誰も知りません。

この続きはまたあとで書こうと思います。長くなっちゃったのでここでいったん切りますね。次の記事からは、水のありかについてと、『うしなう』と『ハナミズキ』の世界観を照らし合わせてみて何が見えてくるかを書きたいと思います。

一応、動画を貼っておきます。

May J. 『ハナミズキ』

本家は一青窈ですが、当ブログ的にはMay J.で。


ロリータ℃ 『ロリータの温度』 フルアルバム

『うしなう』は5曲目(19:45~)。サントラというよりコンセプトアルバムなので通して聴いたほうが世界観を理解できると思います。1曲目の最初の歌詞が、実はすべてを物語っていたりします。

【関連記事】
あめのみくりや:「MPDサイコ/ロリータ℃」カテゴリ

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