カテゴリー「May J.」の6件の記事

2015年10月 4日 (日)

百年続く僕の庭

気がつくともう1年以上立ってしまいました。ずいぶん久しぶりの更新になってしまいましたが、このブログ、まだ遺棄したわけじゃありませんのでw

なんかけっこう思うところはあっても、なかなかまとまった文章にできずにいます。書いては消して書いては消して。結局UPせずにストックしたまま。

で、今回書こうと思ったのは、これはけっこう大ネタでは?と思うことがあるからです。まあ、メモがてらに書いてみます。

以前、河合その子ちゃん絡みで書いた記事に、ロリータ℃のアルバム『ロリータの温度』(2001)に収録されている『うしなう』という曲を紹介しました。その歌詞(ナレーション)なんですけど、改めて聴いていると、あれ?と思いました。その冒頭部分を引用してみます。

百年続く僕の庭に咲く 花や木に水しぶきが上がる
その水際の向こうに 君が涼しげに佇む
僕は想いをそっとハートにしまい込む

…百年続く、花、水、木。これって…一青窈の『ハナミズキ』に似てない?May J.がカバーしたことで再び脚光を浴びたのは記憶に新しいところです。

【関連リンク】
一青窈 ハナミズキ 歌詞

『うしなう』も含めた『ロリータの温度』の全曲作詞は少女漫画家であり小説家の白倉由美。作曲は後藤次利

クレジットに記載はありませんが、『うしなう』のナレーションを河合その子が朗読しています。その子ちゃんも含めてロリータ℃というグループ名なのかと思われます。メインボーカルは平野綾が務めています。ほかにも2人ぐらい歌ってると思われますが、詳細はわかりません。

ネットをざっと検索してみたところ、この歌の歌詞を読めるサイトは見つかりませんでした。なのでリンクを貼ることもできませんので、当サイトにちょっくら全文掲載してみようかと思います。本当は違法だと思いますが、だったらちゃんと正当な方法で誰か読めるようにしてくださいwそれまでは載せておきますね。

斜体の部分がナレーションです。まあ、ほとんどですね。

ロリータ℃ 『うしなう』
作詞:白倉由美
作曲:後藤次利

百年続く僕の庭に咲く 花や樹に水しぶきがあがる

その水際のむこうに 君が涼しげに佇む
僕は想いをそっとハートにしまいこむ

十年前に失踪した弟が
君を連れて不意に戻ったのは一年前
まだ子どもの面影を残した彼らは
左手の薬指に互いの名前を書いた指輪をしていた

違う惑星にうまれ めぐりあった運命の恋人たち
雨という名前の犬が 尻尾をふって
庭に死んだ金魚を埋めるふたりのまわりをまわってる

憂鬱な未来に思いを馳せる
灰色の空が西から青にそまり 虹が架かる
なんて切ない光景
弟の左手の薬指がきえた
同時に弟も消失した

満月で揺れる セロファンのマリアージュ
夜に漕ぎ出す ささやかなハニー・ムーン
羽ばたく幾つもの 小さな想いをこめてる
うしなう
愛があふれてゆくよ
誰にも言えない秘密があるよ
でも僕らはストーリィ でられない
そして……

“百年続くものはなんでしょう?”
君の微笑みがこぼれるたび
答えをいいたくなってしまう
それはね 愛なんだ
誰でもそれをもってうまれてくる
だから失われることはないんだよ
その幾つもの 小さな想いをこめて
弟の携帯のボタンを押す

ちいさなテレフォンには「圏外」の文字
「あのひとは圏外にいるの?」清らかな君は首をかしげ
僕の微熱は止まらない

君は細い手足で 飛ぶようにふんわり歩く
そしてある日 彼女も消える

三年後 彼女が戻ってくる
弟の残した小さな男の子の手をひいて
もう僕は誰も うしないたくはないから
庭のタチアオイはなにも語らない
そして 僕はまた秘密を庭に埋める

いつかこの想い 叶う願望(ゆめ)を殺した
闇に漕ぎ出す ささやかなスイート・ムーン
胸の鼓動傷つけ 空見上げると
記憶すら うしなう
愛があふれてゆくよ 誰にも言えない秘密があるよ
でも僕らはミレニアムを歩めない
きっと……

違う惑星にうまれ めぐりあった運命の恋人たち
雨という名前の犬が 尻尾をふって
庭に死んだ金魚を埋めるふたりのまわりをまわってる

百年続く僕の庭に咲く 花や樹に水しぶきがあがる
その水際のむこうに 君が涼しげに佇む
僕は想いをそっとハートにしまいこむ

一人称「」、二人称「」、「百年続く」、「」「」「」、さらには「」、「水際」という歌詞も入ってますよね。庭のハナミズキ庭のタチアオイ。あと、歌詞全体の根底に流れている、「僕」の人に言えない、ひとりで抱え込んだ秘密の重み、そして恋人たちの長寿と幸せを願う祈りも一致しています。

この曲とどっちが先なのか後なのかよくわからないのですが、この曲のモチーフとなった(あるいはこの曲をモチーフにした)小説も存在しています。作者は同じ白倉由美で、短編集『おおきくなりません』収録の『世界が文学だったらいいのに

以前も書きましたが、これは「庭に愛する者の死体を埋め続ける男」の話なのです。

この男「静寂薫(しじま・かおる)」は陰鬱とした旧家の、自殺家系の最後の生き残りの当主であり、その庭には先祖代々の自殺した家族の死体が埋められている。男は墓守でもするかのように、時が止まったかのような静寂の中でひっそりと生きている。そして弟もまた愛する彼女を残して自殺してしまいます。

弟の光(ひかる)は兄とは母親が違うということなので、おそらく妾の子でしょうか。事情あって本家に引き取られたが、居づらいのか家出を繰り返していた。そして彼女を連れて帰ってきたかと思ったら突発的に自殺してしまう…しかしその死の真相は兄しか知らない。

小説では自殺なのですが、兄によって語られる『うしなう』の歌詞を読むと、兄が殺したんじゃない?としか読めないところがちょっと怖いところです。しかも殺す動機も十分です。兄は年の離れた弟の恋人である儚げな少女・野ばらを愛してしまっていたからです。横恋慕というやつですねぇ。

さて、これが一青窈の『ハナミズキ』となにか関係があるのか、それをちょっと考えてみてもいいかなぁなんて思います。

一青窈といえば、小林武史と不倫関係にあったことで知られていますが、この小林武史というのが、実は後藤次利と何度も一緒に仕事をしたことがあり、おニャン子関係のキーボード演奏者としても活躍していました。河合その子や渡辺美奈代、工藤静香のアルバムのクレジットにもその名が記載されています。

また、後藤次利がルーシー・モノストーンなら、小林武史はリリイ・シュシュという一時流行った架空のミュージシャンつながりでもあります。

小林武史の音楽には「水」の要素を強く感じます。ただ、水はひとつのところに留まってはいません。次々とより低い場所低い場所へ流れていく性質があります。

「水」は今どこにあるのか、それは誰も知りません。

この続きはまたあとで書こうと思います。長くなっちゃったのでここでいったん切りますね。次の記事からは、水のありかについてと、『うしなう』と『ハナミズキ』の世界観を照らし合わせてみて何が見えてくるかを書きたいと思います。

一応、動画を貼っておきます。

May J. 『ハナミズキ』

本家は一青窈ですが、当ブログ的にはMay J.で。


ロリータ℃ 『ロリータの温度』 フルアルバム

『うしなう』は5曲目(19:45~)。サントラというよりコンセプトアルバムなので通して聴いたほうが世界観を理解できると思います。1曲目の最初の歌詞が、実はすべてを物語っていたりします。

【関連記事】
あめのみくりや:「MPDサイコ/ロリータ℃」カテゴリ

| | コメント (0)

2014年9月14日 (日)

オベリスクとキューピッドの矢

8月29日に、May J.が特別講義をしたネスレキットカット受験生応援キャンペーンにて、立命館大学情報理工学部の講義が非常に興味深かったので、メモしておこうと思います。

以下の動画の17:07~、「狙った方向にだけ音を伝えるスピーカー」というものです。

ネスレ キットカット受験生応援キャンペーン2015
サクラサク プレキャンパス開校式

講義の概要は、

「狙った方向にだけ音を伝えるスピーカーを更に発展させて、一点で鳴るオーディオスポットを研究している。それによってその場にいる特定の人にだけピンポイントで音を伝えることができるようになる。」

「超音波技術で一点で音を鳴らすことに成功、さらに放射特性をうまく制御することによって、みんながその一点から音が聞こえているようなホログラムを実現したい。」

とのこと。

狙った"点"にだけ音を発生させるスピーカーシステム

【参考リンク】
3次元空間の“点”(極小領域)にのみ可聴音を再現する音響技術を世界で初めて開発~ヘッドホンなど無しで各ユーザーの耳元にのみ聞こえる音をつくり出す~ - HEADLINE NEWS - 立命館大学

これって、わたしがMayちゃんの歌を初めて聴いたときに抱いた印象そのまんまじゃないですかね。伝える側が、伝える相手を厳密に選んでいるという。

つまり、こういうことなんです。彼女の歌は大安売りでばらまかれているかのように見えて、実はストイックなまでに受け手を選んでいるのです。

May J.の歌声が心に響かない響かないと言われるのは、おそらく、発信側がピンポイントを狙っているから。できるだけ大きな声で貫くように。まるで閉ざされた氷の心を打ち砕き、活路を見いだそうとするかのように。

May J.について プロローグ: あめのみくりや

ちなみにこのやり方もその子ちゃんにそっくり。

彼女はかなり大胆にヒントを提示しておきながら、本気で隠しにかかっているという、一見矛盾だけど、その実、確固たる忠誠によって、厳密に暗号を送る相手を選んでいるのだ。

伊園若女と河合その子: あめのみくりや

このスピーカーを開発しているのは立命館大学ですが、この「ネスレキットカット受験生応援キャンペーン」自体には、キリスト教系の大学が多く協賛しているようです。一応これもメモ。

  • 南山大学…カトリック
  • 上智大学…カトリック
  • 青山学院大学…プロテスタント
  • 立教大学…聖公会(カトリックとプロテスタントの中間的な宗派らしい)

別動画。インタビューの別場面。

得意科目は英語と数学、苦手科目は国語だったそうです。国語が苦手で数学が得意なんて、女性には珍しいですね。

Mayちゃんも大学受験はしていて(最初の動画の09:42~参照)、日本にあるアメリカの大学(テンプル大学)に入学。大学名はWikiの記述がいつの間にか消えているので、入学はしたものの卒業はしてないかもしれませんね。アメリカの大学は入るのは簡単でも卒業するのは難しいらしいので。

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

Mayちゃんの歌声を何かモノにたとえると、そびえ立つオベリスク。あるいは狙ったところに打ち込むキューピッドの矢。」のエネルギーなんですよね。男性ラップはまるでロケットの打ち上げ台みたい。

ロケットが上空に打ち上がるに従って、パーツを少しずつ切り離していくよね。そして最後は本体だけになるよね。なんかそんな感じ。

新曲の『本当の恋』では、アレンジは極限にまでシンプルになり、ピアノ演奏だけ。ボーカル一本で勝負という潔さが垣間見えます。

上記のスピーカーの話に当てはめると、

  • オベリスク=みんながその一点から音が聞こえているようなホログラム
  • キューピッドの矢=狙った方向にだけ音を伝えるスピーカー

ということになるかと思います。

イメージ図を描ければいいのですが…まあ、そのうち描きます…描ければいいなw

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

新曲ですが、この間のニコ生には感動しました。いつか生歌を聴きにいければいいなーと思います。このときの『Let It Go』もすごかったね!動画貼っちゃう♡

May J. - 本当の恋

May J. - Let It Go

ところで、驚いたのですが、Mayちゃんが10月に開催されるVAMPSのハロウィンパーティに参加するそうです。しかも、毎年参加しているTommy heavenly6と同じ日。

2014年10月18日(土)幕張メッセ
VAMPS / DAIGO / Tommy heavenly6 / May J.

【参考リンク】
VAMPS、ハロウィンパーティーにももクロ、氣志團、May J.ら出演 | iFLYER.tv (アイフライヤー)

これについてはまた別記事を起こして書こうと思いますが、いろいろ見逃せない展開がありそうですね。

陰陽のバランスの話になってくるのかもしれませんねぇ。というわけで、今回はこれで終わり。

| | コメント (0)

2014年7月24日 (木)

Melt the frozen heart!

YouTubeでMay J.の動画を見まくっていて、一番気に入ったのがこれ。アメリカ国歌独唱。右はついでに君が代独唱。

【左:2012 03 29 メジャ―リ―グ開幕戦 米国歌独唱 May J.】

まさに、どストライク。心臓を撃ち抜かれました。悲鳴のような歌声が心臓に突き刺さり、胸がズキズキドキドキ痛んで涙が出てきた。

絵的に言えば、日本国籍のイラン人がアメリカ国歌を歌うというシュールな図だと思うのですが、May J.には国家や民族意識など意味をなさない。

【右:2012.03.26 巨人vsマリナーズ 君が代独唱 May J.】

別の日に君が代も歌ったようなのですが、こっちはちょっと、お世辞にも上手いとは言いかねましたwやっぱりMayちゃんは英語のほうが得意だね。

そしてこれ。

2014/06/22 May J.が母の故郷イランに初めての里帰り 3/4

モスクでレリゴーを歌う許可が下りたことにまずびっくりしたんだけど 、イランという国は、かつてアメリカの傀儡国家だった歴史もあり、案外西洋文化というものに緩いかもしれませんね。

まあ、今現在は建前上は厳格なイスラム国家なのですが…、でも本当にそうなら、絶対に許可されないと思うの。だってディズニー映画の主題歌だよ?モスクでアメリカ国歌歌うに等しくない?ないか?w

ところで、May J.は以前にも、ディズニーの曲をカバーしたことがあります。それがこれ。リトルマーメイドの『Part Of Your World』、R&Bテイストのカバーです。

これももうすご~~~~~~~~くお気に入りで、何度も繰り返して聴いています。

Part of Your World - May J.

Mayちゃんはけっこう曲によって声が違うというか、まるで九官鳥のように原曲の声を真似してみたり、本当に不思議な声帯をしています。

そういえばその子ちゃんも「七色の声」なんて言われていましたね。歌によって声色を使い分ける人でした。

余談ですが、その子ちゃんもとにかくライブの人だった。CDよりライブのほうが上手いぐらいだった(歌詞さえ忘れなければw)。

歌唱力はまあアイドルにしては上手い程度で比較にはなりませんが、声質は伸びやかで煌びやかで透明感があり、ハイトーンなのにキンキンうるさくもなく、意外と低音も頑張ってたり(ちょっと不安定になりがちでしたが)、とにかく魅力的な声をしていた。

声に「泣き」の要素が強いところがMayちゃんとその子ちゃんの共通点かもね。すごく心を取り込まれる歌声です。さらにさかのぼると、ケイト・ブッシュが元祖「泣き女」かもしれません。まるでバンシーの泣き声や、人心を惑わせる人魚の歌。

May J.の声はそこまで甲高くはありませんが、中高生のときならともかく、大人となった今のわたしの耳には、あんまり高音よりも、中低音のほうが心地よいのですよね。

で、このリトルマーメイドのカバー曲なのですが、May J.が歌っている歌の中で、わたしはこの声が一番好きです。(まだ全部CD届いてないので今のところは)

まるで海の中で歌っているようなゴボゴボしたエフェクトが一部かかっていますが、それは無関係に、この声がもうエンドレスリピートしていたいぐらい好き。

なので、ぜひまたこの声で歌ってほしいなという希望を書いてみたりなんかしたりして。

そしてこれ。なんかすごいものを見つけてしまった。なんという才能だろう

May J. デビュー前 16歳 Pre-debut May J. sings "Beyonce" at 16 years old

デビュー前のMay J.には野生の、熱い血がたぎるような、生々しいエネルギーを感じる。まるでその子ちゃんと同じ誕生日の石であるブラッドストーンのように!

こちらがソニー時代、18歳頃の映像。めちゃくちゃ格好いい。メジャーレーベルでこれだけのものを作っておいて無名だったなんて信じられない。本当に売る気があったのかw

DO tha' DO tha' (2007)  - May J.

まず、最初に感じたことを書きます。

楽曲やビデオクリップのクオリティとしては文句なしに素晴らしい出来なのですが、デビュー前と比べると、すでに根っこの部分が空洞化しているような…?まるで型に嵌めるように整えられて小綺麗になっているのですが、その分パワーは減っている。

まるでショーウィンドウに並べておくための非売品のサンプルみたい。

その子ちゃんもそうでした。子供の手の届かないところに置いてある、ガラスケースの中に入った綺麗なお人形みたいだった。

それにしても、彼女の歌の日本語歌詞と英語歌詞でこうも聞こえ方が違うのは、母方の血が日本語によって封じられているのかもしれない。日本語には母音を封じ込める作用があるから。

しかし、エネルギーの法則的に、消費もされていないものがなくなることはないんですよ。ほとんど売れてない=消費されていないってことだから、どっかにまだ残ってるはず。

このあたり、どうもソニーが関わってるんじゃないかと思われるので、ちょっと調べてみようと思います。それはまた次回以降の記事に持ち越し。

この記事を書いている時点ではまだオリジナルアルバムは聴いていません。一応ひととおりそろえてみたので、今、到着順に聴きまくってます。

またなんかわかってきたら書こうと思います。あと、例によって、ダイモンや法則的なことなんかも追々。

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

その後、順次CDをを聴いているのですが、わかってきたことは、これは未来のために降ろされていた情報だったということ。だから発売時点であまり多くは売ることができなかった。といっても建前上は売らないわけにもいかないので、頑張ったけど売れませんでした、という体裁作りをした。「売れていなかった実績」を作った。

すべては、しかるべき時期、しかるべき相手に確実に送り届けるために。そのときが来るまで凍結されていた。それが今、解凍を始めている。

あと、彼女の日本語歌詞に関しても、だんだん自分の中ですり合わせができてきて、ダイレクトに届くようになってきました。

| | コメント (0)

2014年7月20日 (日)

「May J.の歌はなぜ心に響かないのか」について

では、ここから本題。May J.の声質の謎について。

一番最初に感じたことは、「本人の本当の声がよくわからない」ということです。そのときのツイートを引用します。

食欲だったり性欲だったりという人間の生命活動を行う一番根っこの部分が空洞というのでしょうか、一言でいえばルーツが不明ということです。ルーツというのは、民族意識と大きく関わってきますね。

民族意識[みんぞくいしき]
national consciousness

他民族との接触・交流あるいは対立のなかで,人種的表徴・言語・文化・生活習慣の相違から素朴に感知される自民族への帰属感を基礎として形成される社会意識。他民族と区別され,また他の小共同体を超絶する共同体として,自民族を意識するところに成立する。

もっと簡単に言うと、民族意識とは、「ある民族に属しているという自覚。同じ民族の仲間という連帯感。」

May J.の歌はいくら日本語で歌っていても、日本人の民族意識には訴えかけていないので、心に響かないとか、ただ機械的に歌ってるだけと感じる人が多いのです。彼女の歌は民族意識等に縛られない、純粋な愛によってでしか共鳴しない。

ところがですね、英語だとまた話が変わってくるのです。

彼女はなんと、自分で作曲もするらしいのですが、その自作曲を聴いて度肝を抜かれた。これはまるで別人?と想うほど、いきなり心に響いてきたのです。

May J. - For You / Colors

May J.のほとんどのオリジナルアルバムの表題曲が、英語詩の自作曲になっているようです。アレンジはピアノやアコギがメインでシンプルです。ピアノは自分で弾いてるのかもね。哀愁の漂うなかなか素敵な曲です。地味すぎて絶対に売れないだろうけど、わたしはこっちのほうが好きですね。

中にはInterlude[間奏曲]とついているものもあるように、いずれも短く、アレンジも簡素な小品なのであんまり目立ちませんが、なんといっても表題曲、タイトルチューンですから、彼女が一番いいたいことはこれらの曲に詰まっていると言っても過言ではないでしょう。

個人的にはこの方法はすごくスマートで洗練されているなと感じました。一番目立たないところに一番想いを詰め込むなんて。

その後いくつか曲をYouTubeで聴いてみて、カバーでも英語歌詞なら心に響きやすいということがわかってきました。わたしは英語のリスニングはまったくダメです。意味はわからないのに心に響く。なんでや。

May J.の歌は、日本語歌詞の場合と英語歌詞の場合では、響かせる場所が違うのですね。彼女にとって日本語は母国語ではなく、英語のほうが素直に自分を表現できる言語なのではないでしょうか。日本語の歌はそれに比べて、取り繕っている感があるかもしれません。

英語というのは世界共通語であり、多国籍的な言語です。もちろん元々はイギリスの植民地政策の成せるわざですが、今となっては英語を拒絶して生きていくことは難しい。日本以外の多くの国では、英語は第二言語として根付いています。日本だけはまた別の話になってきますが…。

そのMay J.がなぜ、得意な英語ではなく、おそらく苦手だと思われる日本語で歌うことが多いのか、それは事務所やレーベルの、マーケティングを意識した意向である可能性が高いでしょう。

日本では英語歌詞でヒットを飛ばすのは難しいのです。売れ線を狙うなら日本語歌詞しかありえません。

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

ちょっとここで、日本語と英語と違いというか、むしろ日本語の特殊性についてのパラグラフを挿入します。

日本人は日本語という言語を母国語としている代償に、音楽を聴く耳を半ば失っています。日本人は歌詞とその歌詞を乗せた主旋律しか聴かない人が多く、凝ったアレンジなどは雑音として「うるさい」と感じる人が多いぐらいです。

その理由は、日本語は左脳偏重言語である、というところにありそうです。

【参考リンク】
日本人の脳の特性 右脳と左脳

上のリンクによると、左脳は言語脳、右脳は音楽脳といわれるが、日本人にとっての右脳を音楽脳と呼ぶのは適切ではないとのこと。

日本人は音楽も左脳で処理する。鳥の声や川のせせらぎ等の自然音ですら左脳で処理する。つまり、言語化してしまう。西洋楽器の音や雑音は右脳で処理するそうです。

つまり、日本人にとってロックであろうとクラシックであろうと西洋音楽は雑音と同じってことですよね。日本人はどんな楽曲でも歌詞とボーカルしか聴かないと言われるのはそのためだろうと思われます。

でも、いろいろな音楽を聴き続けることによって耳を鍛えることはできるからね。一旦チャネルのようなものが開いちゃえば、びっくりするぐらい多くの音が聞こえてくるようになる。それらは今まで鳴っていなかった音ではなく、脳が雑音として排除していた音なのです。

少し話がそれてしまいましたが、May J.の歌の謎を語るのに、リスナー側、すなわち日本語を母国語とする日本人の脳の構造について語ることは切り離せないと思い、少しページを割きました。

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

以上のことをふまえて考えると、あまり音楽になじみのない日本人にとって、May J.の歌声は西洋楽器の一種と認識され、雑音(意味をなさない音)として排除されてしまうのでは?だから心に響かない、右から左へすり抜けるような感覚がしてしまうのではないだろうかという仮説。

もちろん洋楽を聴き込んでいるような人にとってはそのようなことはないでしょう。それでも感じる、一種の空虚さ、物足りなさというのはあるのではないでしょうか。

技術としては申し分ない、おそらく世界のボーカリストと比較してもひけを取らないほど本当に歌は上手い。生で歌っても、アカペラで歌っても、どこで歌ってもCDクオリティというのもまた彼女のすごいところ。

だから余計に、機械や楽器の一種のように感じてしまうのかもしれませんね。画竜点睛を欠くかのようなもどかしさを感じてしまいます。

長くなってきたのでとりあえずここで切って、次の記事ではMay J.の動画をいくつかYouTubeからピックアップして、それについてコメントを書くという形で展開していこうと思います。

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

最後に一曲。日本語歌詞で売れ線狙いの曲ですが、作曲はMay J.本人と誰かの共作になっているようです。クレジットはこうなってます。しかし可愛いPVだな~。

作詞:Shoko Fujibayashi 作曲:May J. / Jeff Miyahara

May J. - Be mine ~君が好きだよ~

| | コメント (0)

2014年7月17日 (木)

愛しのMayちゃん

まず、前記事に書いた、May J.の歌声がわたしの心に響いてくるようになった経緯をば。

非常に電波な話で説明が難しいのですが、目に見えない意識体のようなもの(エネルギーの塊)が、わたしの元に訪れるようになりました。それは最初はエルサの姿をしていました(目には見えませんが、そういうイメージで来る)。

エルサ”は、わたしの元に、ある言葉を残していきました。それはここには書きません。ちょっと言いにくいのでw。 I Love Youの一表現だと思ってくれてかまいません。

まあ、そのような電波入った状態だと、今までなかなか共鳴することができなかったMay J.の歌声とチャンネルが合うようになり、心に響いてくるようになりました。エンドレスで何度も聴きたくなりました。

しかし、まだそのときはMay J.の姿は現れていなくて、実は、わたしの中ではエルサはその子ちゃんと重なっていました。なぜなら、雪の女王=氷の白鳥=絶対零度の中で眠るロリータ℃だからです。

【関連記事】
カテゴリ[河合その子]の記事

そんなこんなで、面白いことがわかってきました。なんと、May J.の誕生日はその子ちゃんと同じく6月20日だというのです。

さらに、May Jの熱愛報道がなされたことは記憶に新しいですが、そのお相手の尚玄ってモデルもなんと同じ誕生日、しかも、熱愛報道された日も6月20日だったのです。

(沖縄出身で「尚」という字が名前に入っているところも「んんっ!?」と思うのですが、それはまあ置いといて…)

6月20日という日をこれでもかと印象づけ、その子ちゃんにかぶせようとしている?と思い、最初は「なんなのこの人はー!」とちょっと不快に思ったことは事実です。

しかし、彼女の動画を見たり、いろいろ調べていくうちに、わたしはMayちゃんが大好きになってしまったのです。なんかもう可愛くてしょうがないという感じですね。想うだけで、なんだか心があったかくなります。心があったかいと、外部世界がいくら寒くても平気なんですよ。

というわけで、わたしはMayちゃんにぜひ現実世界のエルサをやってほしいのです。Mayちゃんしかいないでしょう、やっぱり。

さらに興味深いのが、エルサの声優である松たか子の誕生日は、その10日前の6月10日。May J.が核心なら、松さんはポイントを少し外した辺縁。だからこそ不快要素は少ないのですよ。

次の記事で、May J.の声質の謎に迫ります。今までは前置きだと思ってください。

YouTubeに上がってるMayちゃんの生レリゴー(日本語版)ではこれが一番好きheart

May J.がアナと雪の女王の主題歌「Let It Go ~ありのままで~」を生歌披露

| | コメント (0)

2014年7月16日 (水)

May J.について プロローグ

アナと雪の女王』の主題歌『Let it Go』で一躍有名になったMay J.ですが、今回は彼女について書こうと思います。

最初に知ったのは、映画館でエンディングが流れてきたときですね。ああ、こういうバージョンもあるんだ、格好いい!何かを吹っ切れたような爽快感があっていいね!と思いました。

しかしその後、日本語版サウンドトラックで、松さんの劇中歌と同じ日本語バージョン(10曲目)をMay J.が歌っているのを聴いて、なにこれひどいレリゴーが台無しと思った。

ぶっちゃけ、そのあまりの酷さに、この人はなんなん?ともっぱらネガティブな方向性で興味を持つようになり、巷でもあんまり評判がよくないことを知った。

松さんを差し置いてテレビでの露出が多いことにも、反感の声が多く上がっているようだった。「確かに歌は上手いけど、とにかく心に響かない」というのが多くの人が共通して感じることのようだった。

わたしはエンドソングはこれはこれでいいと思った。だけどMay J.の劇中歌はひどいと思い、サントラ聴くときはいつも10曲目を飛ばしていた。やはり松さんの日本語のほうが、すんなりと耳にも心にも入ってきて心地いいのです。

しかしいつの間にか(というか、その経緯はあるのですがここでは割愛)、May J.の歌声の特殊な響きに興味を惹かれるようになった。なぜMay J.の歌は心に響かないと言われるのか、それが次第にわかってくるようになった。

つまり、こういうことなんです。彼女の歌は大安売りでばらまかれているかのように見えて、実はストイックなまでに受け手を選んでいるのです。

May J.の歌声が心に響かない響かないと言われるのは、おそらく、発信側がピンポイントを狙っているから。できるだけ大きな声で貫くように。まるで閉ざされた氷の心を打ち砕き、活路を見いだそうとするかのように。

松さんのほうは対照的で、一般に浸透するような働き。だから誰が聴いても耳に心地よいのです。

しかし、大元のエネルギー源というものは、実はMay J.から来ているのではないかと、わたしは直感しています。この歌だけではなく、『アナと雪の女王』そのものが、です。

大安売りされているように見えて、実はこの人すごい人なのでは?と思い直すようになりました。だってディズニー動かすぐらいですからね。霊的に相当な大物、あるいは大物の直属の代理人です。

何よりその特殊な声質に興味を惹かれます。非常に謎が多く、それゆえ、好奇心をかき立てられてなりません。

May J.がエルサを横取りしようとしているという印象を持つ方も多いようなのですが、わたしに言わせればMay J.こそがエルサです。顔も似てますよね。実年齢よりかなり老けて見えるところといい。アナの声優の神田沙也加もアナに似ているのが面白いところなのですが。

次からの記事では、わたしがMay J.の歌に共鳴するようになった経緯と、その声質の謎について、わたしがわかる範囲で考察していこうと思います。

| | コメント (0)