カテゴリー「MPDサイコ/ロリータ℃」の11件の記事

2015年10月 4日 (日)

百年続く僕の庭

気がつくともう1年以上立ってしまいました。ずいぶん久しぶりの更新になってしまいましたが、このブログ、まだ遺棄したわけじゃありませんのでw

なんかけっこう思うところはあっても、なかなかまとまった文章にできずにいます。書いては消して書いては消して。結局UPせずにストックしたまま。

で、今回書こうと思ったのは、これはけっこう大ネタでは?と思うことがあるからです。まあ、メモがてらに書いてみます。

以前、河合その子ちゃん絡みで書いた記事に、ロリータ℃のアルバム『ロリータの温度』(2001)に収録されている『うしなう』という曲を紹介しました。その歌詞(ナレーション)なんですけど、改めて聴いていると、あれ?と思いました。その冒頭部分を引用してみます。

百年続く僕の庭に咲く 花や木に水しぶきが上がる
その水際の向こうに 君が涼しげに佇む
僕は想いをそっとハートにしまい込む

…百年続く、花、水、木。これって…一青窈の『ハナミズキ』に似てない?May J.がカバーしたことで再び脚光を浴びたのは記憶に新しいところです。

【関連リンク】
一青窈 ハナミズキ 歌詞

『うしなう』も含めた『ロリータの温度』の全曲作詞は少女漫画家であり小説家の白倉由美。作曲は後藤次利

クレジットに記載はありませんが、『うしなう』のナレーションを河合その子が朗読しています。その子ちゃんも含めてロリータ℃というグループ名なのかと思われます。メインボーカルは平野綾が務めています。ほかにも2人ぐらい歌ってると思われますが、詳細はわかりません。

ネットをざっと検索してみたところ、この歌の歌詞を読めるサイトは見つかりませんでした。なのでリンクを貼ることもできませんので、当サイトにちょっくら全文掲載してみようかと思います。本当は違法だと思いますが、だったらちゃんと正当な方法で誰か読めるようにしてくださいwそれまでは載せておきますね。

斜体の部分がナレーションです。まあ、ほとんどですね。

ロリータ℃ 『うしなう』
作詞:白倉由美
作曲:後藤次利

百年続く僕の庭に咲く 花や樹に水しぶきがあがる

その水際のむこうに 君が涼しげに佇む
僕は想いをそっとハートにしまいこむ

十年前に失踪した弟が
君を連れて不意に戻ったのは一年前
まだ子どもの面影を残した彼らは
左手の薬指に互いの名前を書いた指輪をしていた

違う惑星にうまれ めぐりあった運命の恋人たち
雨という名前の犬が 尻尾をふって
庭に死んだ金魚を埋めるふたりのまわりをまわってる

憂鬱な未来に思いを馳せる
灰色の空が西から青にそまり 虹が架かる
なんて切ない光景
弟の左手の薬指がきえた
同時に弟も消失した

満月で揺れる セロファンのマリアージュ
夜に漕ぎ出す ささやかなハニー・ムーン
羽ばたく幾つもの 小さな想いをこめてる
うしなう
愛があふれてゆくよ
誰にも言えない秘密があるよ
でも僕らはストーリィ でられない
そして……

“百年続くものはなんでしょう?”
君の微笑みがこぼれるたび
答えをいいたくなってしまう
それはね 愛なんだ
誰でもそれをもってうまれてくる
だから失われることはないんだよ
その幾つもの 小さな想いをこめて
弟の携帯のボタンを押す

ちいさなテレフォンには「圏外」の文字
「あのひとは圏外にいるの?」清らかな君は首をかしげ
僕の微熱は止まらない

君は細い手足で 飛ぶようにふんわり歩く
そしてある日 彼女も消える

三年後 彼女が戻ってくる
弟の残した小さな男の子の手をひいて
もう僕は誰も うしないたくはないから
庭のタチアオイはなにも語らない
そして 僕はまた秘密を庭に埋める

いつかこの想い 叶う願望(ゆめ)を殺した
闇に漕ぎ出す ささやかなスイート・ムーン
胸の鼓動傷つけ 空見上げると
記憶すら うしなう
愛があふれてゆくよ 誰にも言えない秘密があるよ
でも僕らはミレニアムを歩めない
きっと……

違う惑星にうまれ めぐりあった運命の恋人たち
雨という名前の犬が 尻尾をふって
庭に死んだ金魚を埋めるふたりのまわりをまわってる

百年続く僕の庭に咲く 花や樹に水しぶきがあがる
その水際のむこうに 君が涼しげに佇む
僕は想いをそっとハートにしまいこむ

一人称「」、二人称「」、「百年続く」、「」「」「」、さらには「」、「水際」という歌詞も入ってますよね。庭のハナミズキ庭のタチアオイ。あと、歌詞全体の根底に流れている、「僕」の人に言えない、ひとりで抱え込んだ秘密の重み、そして恋人たちの長寿と幸せを願う祈りも一致しています。

この曲とどっちが先なのか後なのかよくわからないのですが、この曲のモチーフとなった(あるいはこの曲をモチーフにした)小説も存在しています。作者は同じ白倉由美で、短編集『おおきくなりません』収録の『世界が文学だったらいいのに

以前も書きましたが、これは「庭に愛する者の死体を埋め続ける男」の話なのです。

この男「静寂薫(しじま・かおる)」は陰鬱とした旧家の、自殺家系の最後の生き残りの当主であり、その庭には先祖代々の自殺した家族の死体が埋められている。男は墓守でもするかのように、時が止まったかのような静寂の中でひっそりと生きている。そして弟もまた愛する彼女を残して自殺してしまいます。

弟の光(ひかる)は兄とは母親が違うということなので、おそらく妾の子でしょうか。事情あって本家に引き取られたが、居づらいのか家出を繰り返していた。そして彼女を連れて帰ってきたかと思ったら突発的に自殺してしまう…しかしその死の真相は兄しか知らない。

小説では自殺なのですが、兄によって語られる『うしなう』の歌詞を読むと、兄が殺したんじゃない?としか読めないところがちょっと怖いところです。しかも殺す動機も十分です。兄は年の離れた弟の恋人である儚げな少女・野ばらを愛してしまっていたからです。横恋慕というやつですねぇ。

さて、これが一青窈の『ハナミズキ』となにか関係があるのか、それをちょっと考えてみてもいいかなぁなんて思います。

一青窈といえば、小林武史と不倫関係にあったことで知られていますが、この小林武史というのが、実は後藤次利と何度も一緒に仕事をしたことがあり、おニャン子関係のキーボード演奏者としても活躍していました。河合その子や渡辺美奈代、工藤静香のアルバムのクレジットにもその名が記載されています。

また、後藤次利がルーシー・モノストーンなら、小林武史はリリイ・シュシュという一時流行った架空のミュージシャンつながりでもあります。

小林武史の音楽には「水」の要素を強く感じます。ただ、水はひとつのところに留まってはいません。次々とより低い場所低い場所へ流れていく性質があります。

「水」は今どこにあるのか、それは誰も知りません。

この続きはまたあとで書こうと思います。長くなっちゃったのでここでいったん切りますね。次の記事からは、水のありかについてと、『うしなう』と『ハナミズキ』の世界観を照らし合わせてみて何が見えてくるかを書きたいと思います。

一応、動画を貼っておきます。

May J. 『ハナミズキ』

本家は一青窈ですが、当ブログ的にはMay J.で。


ロリータ℃ 『ロリータの温度』 フルアルバム

『うしなう』は5曲目(19:45~)。サントラというよりコンセプトアルバムなので通して聴いたほうが世界観を理解できると思います。1曲目の最初の歌詞が、実はすべてを物語っていたりします。

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2014年7月17日 (木)

愛しのMayちゃん

まず、前記事に書いた、May J.の歌声がわたしの心に響いてくるようになった経緯をば。

非常に電波な話で説明が難しいのですが、目に見えない意識体のようなもの(エネルギーの塊)が、わたしの元に訪れるようになりました。それは最初はエルサの姿をしていました(目には見えませんが、そういうイメージで来る)。

エルサ”は、わたしの元に、ある言葉を残していきました。それはここには書きません。ちょっと言いにくいのでw。 I Love Youの一表現だと思ってくれてかまいません。

まあ、そのような電波入った状態だと、今までなかなか共鳴することができなかったMay J.の歌声とチャンネルが合うようになり、心に響いてくるようになりました。エンドレスで何度も聴きたくなりました。

しかし、まだそのときはMay J.の姿は現れていなくて、実は、わたしの中ではエルサはその子ちゃんと重なっていました。なぜなら、雪の女王=氷の白鳥=絶対零度の中で眠るロリータ℃だからです。

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そんなこんなで、面白いことがわかってきました。なんと、May J.の誕生日はその子ちゃんと同じく6月20日だというのです。

さらに、May Jの熱愛報道がなされたことは記憶に新しいですが、そのお相手の尚玄ってモデルもなんと同じ誕生日、しかも、熱愛報道された日も6月20日だったのです。

(沖縄出身で「尚」という字が名前に入っているところも「んんっ!?」と思うのですが、それはまあ置いといて…)

6月20日という日をこれでもかと印象づけ、その子ちゃんにかぶせようとしている?と思い、最初は「なんなのこの人はー!」とちょっと不快に思ったことは事実です。

しかし、彼女の動画を見たり、いろいろ調べていくうちに、わたしはMayちゃんが大好きになってしまったのです。なんかもう可愛くてしょうがないという感じですね。想うだけで、なんだか心があったかくなります。心があったかいと、外部世界がいくら寒くても平気なんですよ。

というわけで、わたしはMayちゃんにぜひ現実世界のエルサをやってほしいのです。Mayちゃんしかいないでしょう、やっぱり。

さらに興味深いのが、エルサの声優である松たか子の誕生日は、その10日前の6月10日。May J.が核心なら、松さんはポイントを少し外した辺縁。だからこそ不快要素は少ないのですよ。

次の記事で、May J.の声質の謎に迫ります。今までは前置きだと思ってください。

YouTubeに上がってるMayちゃんの生レリゴー(日本語版)ではこれが一番好きheart

May J.がアナと雪の女王の主題歌「Let It Go ~ありのままで~」を生歌披露

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2014年4月28日 (月)

Welcome to New World

前回は、「ルーシー現象」の説明の一環として、『多重人格探偵サイコ~雨宮一彦の帰還』のあらすじを紹介しました。ルーシー現象という言葉も、このドラマからお借りした便宜上のものです。

ルーシー現象とは、タナトス、つまり死の欲動を大規模に引き起こす力動、とでも考えればよいでしょうか。それをわかりやすく表現したヒントのような作品が『MPDサイコ』であったというわけです。

このドラマは2000年5月に放映されました。

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

そして、ここからまたビョークの話題に戻るのですが、同じく、2000年5月に、ビョークの主演映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』がカンヌにて初公開されました。

Dancer in the Dark (2000) - Official Trailer

あらすじ。以下、Wikipediaから引用。

舞台はアメリカのある町。チェコからの移民セルマは息子と二人暮しをしていた。貧乏だが工場での労働は、友人に囲まれて日々楽しいものだった。だが彼女は先天性の病気で徐々に視力が失われつつあり、今年中には失明する運命にあった。息子もまた、彼女からの遺伝により13歳で手術をしなければいずれ失明してしまうため、必死で手術費用を貯めていた。

ここからはわたし個人の感想を交えながらの説明です。

その大切に貯めた手術費用を、信頼していた隣人に盗まれてしまうわけです。そして取り返しに行こうと思ったら逆に泥棒呼ばわりされ、返してほしかったら殺せと言われて、ほぼ不可抗力的に殺させられてしまうのです。強盗犯に仕立て上げられてしまったのです。

金を盗んだ隣人は、妻の浪費癖や生活に疲れ、実は自殺願望を持っていた。しかし警官である彼にとってはメンツは命よりも大切だったため、本当は自分が泥棒なのに、強盗の被害者としての死を選んだのです。目の見えないセルマはその犯人役に仕立て上げられてしまった。

そして裁判が始まり、隣人が金に困窮していた事実を、自分を陥れた相手であるにもかかわらず、二人だけの秘密だからとセルマは律儀に黙秘し続け、結局死刑になってしまいます。

息子の手術費用で弁護士を雇えとアドバイスする友人にも耳を傾けず、当初の悲願どおり、セルマは医者に手術費を預ける。

友人は「息子に必要なのは母親だ」と叫ぶが、セルマは「いいえ、目よ」と言い張って自分の命と引き替えに、息子に目の見える未来を授けるという目的を果たしたのだ。

そんなこんなで死刑執行の日、息子の手術が成功した旨を執行室で聞くセルマ。あとは何も心残りがないかのように、セルマは自分の心の、魂の拠り所であった歌を歌いながら、絞首刑に科せられるのです。

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

という、まあ、どう考えても、いろいろとおかしな話なのですが。まずセルマの融通が利かなすぎる。死刑囚の息子なんて汚名を一生背負ったまま生きていかなければいけない息子さんがむしろ気の毒…

多くの方の疑問と同じように、やはり、セルマは息子のためというよりは、自分自身の美学を完成させるために、自分の意志を貫いたかのように思われます。

盲目というのは盲信のメタファーであり、盲信している人にとっては他者というものは存在せず、とにかく自分の内的世界だけなのですよね。

母親が自分の命と引き替えに、さらに死刑囚の汚名を着てまで息子に見せたかった未来とは、一体。息子の目には、未来がどのように写るのだろう。

むしろ、こんな世界壊しちゃえ~ってなりませんかね?(;^ω^)

視聴前にTwitterでこのように予想していたのですが、当たらずも遠からずという感じでしょうか。

というわけで、この映画もまた、タナトスの存在が色濃く感じられる映画なのです。

映像は色彩が抑えられ、カメラワークもわざとホームムービーのような不安定な感じに仕上げられており、ビョーク本人も美貌とはいえないルックス。映像の見た目の美しさというのはあまりないのですが、所々に入っているミュージカルシーンだけは大変切なく美しく、本当にそれだけが救いのような映画です。

すべては音楽のために。というわけなのでしょうか。

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

ここからやっと本題。

ダンサー・イン・ザ・ダーク』と『MPDサイコ』の関連性について。

なんの関連性もないこの二つの映画、一つはカンヌ国際映画祭の最高賞を受賞した名作、一つは人々の記憶の墓場に埋もれたB級ホラーなんで、比較するのも失礼かもしれないけど、まあ、だからこそ、このブログの意義があるというか、誰もやらんことをやるんですw

この二つの作品に共通するのは、公開時期と、<目>と、タナトスと、主題歌のタイトル。ビョークのほうはNew World [新世界]、サイコのほうはStrange New World [奇妙な新世界]。挙げてみるとけっこうありますね。

Björk - New World (ending of Dancer in the Dark)


If living is seeing
I'm holding my breath
In wonder - I wonder
What happens next?
A new world, a new day
To see, see, see...

生きることが 見ることなら
かたずを呑んで 見守るわ
ああ 胸を躍らせて
次に何が起こるのか
新しい世界 新しい日々を
見届けるわ この目で…

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

さらに、ビョークについて調べてみると、1996年に興味深い事件が発生しています。

ビョークの婚約報道にショックを受けた熱狂的なファンが、ビョークに爆弾を送りつけ、自分は自殺して、その一部始終をビデオに記録していたのです。本人は首尾よく自殺を成し遂げたが、爆弾のほうはビョークに届く前に警察が発見したとのこと。

当時の報道番組にそのビデオの一部が公開されており、現在でも視聴することができます。いわゆる海外の「キモヲタ」というやつでしょうか。やっぱり海外はスケールが違うね。

【参考リンク】
【ニコニコ動画】【基地外注意】ビョークのストーカーによる自殺実況ビデオ

そして興味深いのが、最近自殺実況って流行ってますが、自殺実況の元祖が、このビョークのストーカーなのではないでしょうか。

1996年ですから、1998年hideの自殺(謎の死)より前です。ここでhideの名前を出すからには、やっぱりこれもルーシー現象の一環であると、わたしは思っています。1998年から日本で若者の自殺率がうなぎ登りになっていることからも、それがわかります。

だからわたしはhideが元祖かと思ったのですが、それ以前にビョークの事件があったので、これも見過ごすことはできないと思いました。

もちろん、それ以前にもミュージシャンの自殺というものは昔からあります。カート・コバーン(1994年没)しかり。わたしは当時のことをあまりよく知らないのですが、アメリカではやはり後追い自殺等あったのでしょうか。

ここで言うルーシー現象、正式には、「ウェルテル現象」というものに近いかもしれません。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』にちなんでいるそうです。

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

わたしは何も、誰かを糾弾したいわけではありません。魅力的なものというのは、得てして、このような危険な吸引力を持つものだと、そのことをただ言いたかっただけです。

美に魅入られるのも、死に魅入られるのも似たようなもの。

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2014年4月27日 (日)

ルーシーの起源

まだビョークの話題の続きなのですが、それもちょっと絡めながら、「ルーシー現象」を最初に起こした人物は誰かという話を少し。

まずは、ルーシー現象って何?って話をざっと。この漫画原作のドラマが元ネタとなっています。厳密には、元ネタと言うよりは、概念をわかりやすく説明するためのツールだと思います。

『多重人格探偵サイコ~雨宮一彦の帰還~』
2000年5月2日~5月7日 23:00~24:00
六夜連続WOWOWにて放送
原作・脚本:大塚英志、監督:三池崇史

以下はトレイラーなのですが、最初の00:50~01:00頃に河合その子(“龍妃”名義)登場してます。本編には登場せず、物語の外側からそれを語る、あるいはそれを見つめている人物ということが示唆されている。

このトレイラーでかかっている曲は主題歌の『Strange New Worldルーシー・モノストーンの曲ということになっていますが、実際の作曲者は後藤次利です。

MPD PSYCHO Trailer

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

ストーリーはちょっと説明しにくいけど、肉体とは独立した精神生命体が、他人の意識の中に入り込んで(人格転移して)目的を遂げるための道具にしていくみたいな話です。

その目的というのが、猟奇殺人等の破壊活動や、集団自殺を引き起こすこと。それを作中ではキーパーソンのルーシー・モノストーンにちなんで「ルーシー現象」と呼んでいる。

その精神生命体が憑依している肉体が絶体絶命で逃げ場がなくなったら、自ら命を絶ち(肉体を殺し)、死ぬ寸前に、電話回線の向こう側にいる人や、物理的に近くにいる他人に乗り移り、別人となって逃亡する。だから絶対に捕まらないという仕組み。

そのような現象を起こせる人たちには共通の特徴があり、それが左目のバーコード。作中では目の近くのほくろもよく印象的な写し方をされていました。

<目>というテーマがすごく重要なんですよね。左目のバーコードは、工業製品とか、量産型を暗示する。

彼らはオリジナルにこだわる。なぜなら、量産型たる自分にはオリジナリティがないから。犯罪だってコピーキャットだ。

ルーシー現象、それはおそらく、つくられしもの、被造物、量産型の工業製品の反逆…なのかもしれない。

バーコードは量産品、すなわち「特別じゃない」印だ。だけど、次世代のルーシー・チルドレンにとっては、逆に、それが彼らの選民意識をくすぐる特別な印になっていた。

それはまるで奴隷の足枷自慢。囲われた閉ざされた環境では、次第に自らを縛る印こそがステイタスになっていく。

ここからちょっと『ロリータの温度』につながるんですが、『葡萄姫』はなぜ、自分以外の少女たち(いわばルーシーチルドレン)を皆殺しにしたのか。

これもおそらく、自分だけが特別の、唯一の存在になりたかったからではないか。殺された他の少女たちは、これも想像でしかないけど、おそらく奴隷の足枷自慢タイプだったのではなかろうか。

葡萄姫は、そのような環境ごと、すべてをぶち壊したかった。もちろん元凶の誘拐犯・バーコードの青年も含めて。

しかし首尾よく全員始末したあとに彼女に遺されたものは、人々を欺くための虚偽の自分と、内面の空虚だけ。悲しくもなく、楽しくもなく、ただただ、そこには空虚しかなかった。

うつろな瞳に、あたかも無機質なビデオのように、ひたすら時代を記録し続けるロリータ℃、彼女はひたすら待っている。一億年後の地球に咲く花を摘むその時を…

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

思いっきりB級映画なんですが、出演は保坂尚輝、中嶋朋子、大杉漣、裕木奈江、三浦理恵子、栗山千明、平野綾 等、なかなか豪華なキャストでした。

ここからは漫画原作のほうの話になると思いますが、結局、ルーシー・モノストーンって何?ってことなんですが、これは作中では、タナトス死の欲動)のことであると語られています。

そのタナトスの化身が伊園若女であると。そして伊園若女は…

【関連記事】
あめのみくりや:伊園若女と河合その子
あめのみくりや:サイコと緑の少女と昭和の怨念
あめのみくりや:最近聴いている音楽その1:後藤次利

↓サウンドトラック 視聴できます。

【ニコニコ動画】ロリータの温度 / ロリータ℃

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2013年1月27日 (日)

魔物語と聖家族

【前回までの記事】
あめのみくりや:茅の毒と意富斗能地
あめのみくりや:昭和の墓標とウロボロス
あめのみくりや:伊園若女と河合その子

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

ルーシーという象徴的な名前は、魔王ルシファー(=堕天使ルシフェル)から来ているものと思われる。

ルシファーって、わたしの中では、サグラダ・ファミリア(聖家族教会)のイメージ。あの建物って、むしろ魔王の城のような禍々しさを感じさせるよね。まるで無数の人骨でできているような気すらする。

16_2

↑2026年に完成予定のサグラダ・ファミリアの完成予想図。今はまだ肝心の中央の塔がありませんよね。それでいてあの禍々しさなのだから、完成したらどうなるのか楽しみです。

前記事で『多重人格探偵サイコ』伊園若女の内面世界のイメージ図をひとつ掲載しましたが、もうひとつ14巻にもそんな絵があったっけと引っぱり出してきて、ここでまたわたしはひとつ気づいてしまった。

Imgp1367_2

ちょっと見にくいので拡大表示してみてください。問題の右側の部分だけさらに拡大した図はこちら

これ、10歳の若女の内面世界をイメージした図なんだけど、右側の魔物が飛び出してきてる絵のあたり、なんとなくケイト・ブッシュの『魔物語』に似てるなと思って比べてみたら、なんのことはない、そのまんまでしたw

Kate_never_for_ever

作者が『魔物語』のジャケットを見ながら描いたのは確実でしょう。しかし、これパクリじゃん~とかそういうことはどうでもいい。重要なのは、なぜここに突然ケイトが出てくるのかということ。わたしにとってこの一致は偶然では済まされない。

その子ちゃんとケイト…なぜ関わってくる?誰も想像だにできない。しかしわたしの中では当然のようにつながっている。その子ちゃんはわたしが中学生のときから、そしてケイトはわたしが高校生のときから、ずっと音楽で支えてきてくれた人たちだからね。

もし二人がいなかったら今のわたしはありえないし、命があったかすらどうかすら危うい。「世界」に押しつぶされて息も絶え絶えだったわたしを、二人が(厳密には、三毛猫のまりも入れて二人と一匹)が助けてくれた。

つまり河合その子とケイトブッシュ…この二人は、わたしが自分の流した血によって、自分の中では容易くつながることなんです。

血でつながっている関係…それはもう家族だ。

子供の頃って、よく妄想で、自分の親は本当の親じゃなくて、今は事情があって家族のふりをしてる。だけどきっといつか、本当の家族が迎えに来てくれるんだ。そんなイマジネーションを繰り広げることってなかったですか。

わたしもかなり本気でそう思ってましたね。子供の妄想、それもかなり多くの子供たちに共通する妄想、それはきっとどこかの次元では真実なのではないでしょうか。わたしはそんなふうに思います。

本当の家族よりもっと強い絆で結ばれた、見えない血でつながっている関係…その関係性のことを、聖家族と呼ぼう。

【関連記事】
あめのみくりや:襁褓の中の魔物語
あめのみくりや:血の記憶

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2013年1月26日 (土)

伊園若女と河合その子

【前回までの記事】
あめのみくりや:茅の毒と意富斗能地
あめのみくりや:昭和の墓標とウロボロス

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

多重人格探偵サイコ』(原作)の登場人物・伊園若女(いその・わかな)は河合その子のアナグラムであることにお気づきだろうか。

 

 

最後の「な」と「こ」だけが違うけど、それ以外は一致する。完全に合わせないのも、ヒントを提示しながらはぐらかそうとするいつもの癖だろう。

キャラの容姿的にもまったく正反対と言ってもいいぐらい違う。若女はショートカットで、背が高くて、巨乳で、かなり強調されたたらこくちびるで、かなり肉感的なキャラになっている。ハーフなので、成熟した大人の外人体型。清楚で華奢でお人形さんのようなその子ちゃんのイメージとはまったくかぶるところがない。

それでもわたしは…わたしだけにはわかってしまう。

彼女はかなり大胆にヒントを提示しておきながら、本気で隠しにかかっているという、一見矛盾だけど、その実、確固たる忠誠によって、厳密に暗号を送る相手を選んでいるのだ。

さて、その伊園若女なる人物がどのような存在であるのか、15巻で明かされた。その内部にはありとあらゆる死のイメージが充満していた。ここでまたひとつつながる。

Isonowakana01

言霊【】()=意富斗能地=河合その子=龍妃=伊園若女=ルーシー・モノストーンの娘

作中では、父親(厳密には父親の影武者)であるルーシー・モノストーンを影で操っていたのも、宗教団体を作らせて、集団自殺に見せかけて殺したのも10歳という幼き若女だった。まさにタナトス(死の欲動)の化身が若女なのであった。

【関連記事】
あめのみくりや:サイコと緑の少女と昭和の怨念

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

次で最後です。

【つづきのもくじ】
あめのみくりや:魔物語と聖家族

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2013年1月25日 (金)

昭和の墓標とウロボロス

【前回までの記事】
あめのみくりや:茅の毒と意富斗能地

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多重人格探偵サイコ~雨宮一彦の帰還~』では、昭和の時代はルーシー・モノストーンと共に去って行った。

よく、一目惚れの比喩として、「雷が落ちたようなthunder」と表現することがあるけど、私がその子ちゃんを初めてテレビで見たとき、まさに、原爆を落とされたような衝撃がありました。彼女の登場と同時に、昭和という時代ごと、古い芸能界が焼き払われた。

わたしの中学生時代は、ほとんど人と関わりを持てないような閉じ籠もったような状態だったけど、唯一、わたしの領域に、その眩いばかりの圧倒的な魅力でアクセスしてきてくれるのが、河合その子というひとりのアイドル歌手だった。

まさに青天の霹靂のように、彼女はわたしの前に現れた。

彼女との出会いは、わたし自身の救済であると同時に、わたしの終わりでもあった。なぜなら、わたしは一瞬にして悟ったから…自分の限界を。

自分の限界を知るってことは、そこで死ぬってことだよ。そしていったん死んだあとはまた生まれ変わるんだよ。そうそう簡単な話じゃない。なんといっても一度死ぬわけだから、人生を架けた大仕事。何十年もかかるよ。

針でちょこっと刺されたような傷ならすぐに治るけど、雷落ちたり原爆落とされたりした傷はなかなか治らないじゃん。いったん全身腐り落ちたあとに再び生まれ変わらなきゃいけないぐらいのダメージだよ。蝿男みたいにさ。って、たとえ悪すぎw

『多重人格探偵サイコ』と河合その子との関わりについて、今までも何度か取り上げてきた。これはオフレコのようなもので、彼女はそれをわかる人にだけ(つまり現時点ではわたしにだけ)わかるようにしてる。

だけど、彼女は不特定多数にこの話題に触れてほしいとは思ってなくて、本気で隠しにかかっている。その本気具合にわたしは神妙な気持ちになってしまう。

気づいてるのわたしだけ?じゃあこの想いは誰とも共有できないし、わたしがひとりで解決していかなくちゃいけないものなんだなぁって。

だったらわたしも黙ってればと思われるかもしれないけど、ここはそうもいかない。わたしはわたしで活路を見いだしていかないと、なんかこう、息苦しくて窒息死してしまいそうな気分になる。

だからわたしはここに言葉を遺していく。ここはまりのお墓だし、わたしだけの庭だし、何を書こうがわたしの自由だもん。

王様の耳はロバの耳!と穴に叫んだ言葉は葦によって大勢に伝えられた。じゃあ、わたしの言葉は、茅によって伝えられるのかな。

ちなみに、茅って、わたしが子供の頃は「猫の尾草」って呼んでた。だって猫のしっぽみたいでしょ、ふわふわして。もともと野草や雑草が大好きなわたしだったけど、その中でも猫の尾草はとりわけ好きだったな。子供に好かれる草みたいですね。

そして猫のしっぽの付け根には龍の顔があることは、意外と知られていない事実なのです。

【関連記事】
あめのみくりや:ドラゴンヘッド、ドラゴンキャット
あめのみくりや:ドラゴンヘッド・ドラゴンキャット(追記)

それだけではない、茅の雑学もうひとつ置いておきますね。

茅とは、大晦日と6月の晦日に行われる大祓の神事である「茅の輪くぐり」に使われる草なのだだそうです。茅の輪はを象ったものとされ、水神の祭とも関連する。西洋にあてはめるとウロボロスの輪でしょうか。それは死と再生、永遠を意味する。

Shimenawa_2    Ouroboros_2

画像はWikipediaよりお借りしました。左は茅の輪、,右は自らの尾を咥えて円くなる蛇あるいは龍=ウロボロスの図。

蛇とか龍とか虹とか川とか細長いものが同一視されますね。えっと、あと、その子ちゃんは巳年生まれ!双子座の支配星は水星(辰星)!

【参考リンク】
大祓 - Wikipedia
ウロボロス - Wikipedia

◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆

あと2回続きます。

【つづきのもくじ】
あめのみくりや:伊園若女と河合その子
あめのみくりや:魔物語と聖家族

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2013年1月24日 (木)

血茅の毒と意富斗能地

少し前のニュースなのですが、福島第一原発の汚染水のホースに何十箇所も穴が空いていて、原因がチガヤ(茅)という雑草であることが報道された。

【参考リンク】(YouTube)
【原発】汚染水漏れ原因は雑草 ホースに刺さり穴(12/02/10)

茅はとても繁殖力が強く、その根は、アレロパシーといって、他の植物の生長を阻害する毒素を出す。ライバルに毒を盛って生存競争に打ち勝つ。そのため、世界最強の雑草と呼ばれる。

【参考リンク】
チガヤ - Wikipedia

チガヤのチは「血」のチ。そのため血茅とも書く。一般的に血はワインにたとえられる。茅の血は、自分以外の者を皆殺しにする毒の入った真っ赤なワイン。ロリータ℃の歌にあった『葡萄姫』を思い出しちゃった。

茅はベロニカと同じく6月20日(河合その子の誕生日)の花であり、6月20日の花にはなぜか「血」を連想させるものが多い。石はブラッドストーンだし。ということを以前に書きました。

【関連記事】
あめのみくりや:血の記憶

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古事記と言霊とおニャン子クラブ対応表では12番河合その子は【意富斗能地の神にあたる。父韻のひとつであり、対応する色は青、惑星は冥王星。

「シ」という音は日本語の語感では「死」をイメージするとして縁起が悪いとされる。音の意味合いとしては、中心に向かうスパイラル。ひとつの結論に帰一する音。一神教の音。

【参考リンク】
古事記の神名とおニャン子クラブの対応表

ずっとわたしが気になっているのは、意富斗能地の「おお(おほ)」はなぜ「」じゃなくて「意富」なのかってこと。言霊百神のその他の神々はみんな「おお」は「大」ですよね。特殊な漢字をあてはめるからには、そこには特別な意味があるとしか思えない。

そこで検索して見つけたサイト。

【参考リンク】(外部リンク)
五百と意富もヤハウェ? ~天皇はどこから来たか~

意富=ヤハウェという説もあるみたい。あーなるほど。意富斗能地(言霊【シ】)は一神教的な音であるということなので、それめっちゃあり。

意富斗能地は一神教の音だから、他の神々とは競合するのかな。英語のGodと日本語の八百万の神は別のものだ。自分と競合する相手は殺戮せねばならない。Godにはそうプログラムされている。だからキリスト教の神(ヤハウェ=ヱホバ)は好戦的だ。

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どうして12番だけが極端に、別次元の美しさなのだろうとずっと考えていたのだけど、それはすなわち、「死の美化」なのではないだろうか。

誰だって、愛する者が死んだときは、きれいなお墓を作る。それが最高の敬意であり、死者への手向けだ。

「花の香りがあなたの死を抱いて包んでゆく」

「わたしたちはどこへ生まれ変わるのだろう」

(『ロリータの温度』より)

大人になれないまま死んでゆく少女たちへの手向けのような、この儚くも美しいアルバムは、白倉由美によってプロデュースされ、ロリータ℃(平野綾、他)によって演じられているけど、これは本当は、その子…

いや、園子は天皇の墓、つまり天皇陵。死んだのは、昭和という時代。

【関連記事】
あめのみくりや:その子ちゃんの絵
あめのみくりや:園子と尚子

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この記事には続きがあります。すでに以下の記事を書き終えていますので、あと3日に分けて掲載します。

【つづきのもくじ】
あめのみくりや:昭和の墓標とウロボロス
あめのみくりや:伊園若女と河合その子
あめのみくりや:魔物語と聖家族

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2011年10月16日 (日)

サイコと緑の少女と昭和の怨念

多重人格探偵サイコ~雨宮一彦の帰還~』で書き忘れたのですが、主人公の雨宮一彦のセリフで、こんなのがありました。

たぶん僕には、その「普通の人が持ってる、あるようなないようなもの」が、欠落してるんだ。その「あるようなないようなもの」が欠落してると、心が冷たくなっちゃうんだよ……真珠を飲み込んだようにね。

河合その子ファンなら、最後の「真珠を飲み込んだよう」の部分にピンと来ると思います。『緑の少女』。

河合その子の初期の傑作『緑の少女』の冒頭部分の歌詞と同じです。「真珠を飲み込んだよう」なんて表現は一般的ではないし、少なくともわたしは、この歌以外では聞いたことがありません。ということは、これは『緑の少女』へのオマージュなのでしょうか?

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あめのみくりや:緑の少女

このドラマの舞台は、昭和天皇の容態が危ぶまれる1999年、昭和74年ということになっている。あと10年、昭和が続いていたらっていう架空の世界だよね。年は10年ずれるけど、命日は現実世界と同じ1月7日ということになってました。

作中最大のキーパーソンであるルーシー・モノストーンの命日も、それに合わせるように1月7日でした。

ここにはわたし、こだわらざるを得ないんです。なぜなら、1月7日はわたしの誕生日だから。

あたかも見せしめのように、今上天皇の誕生日(12/23)にA級戦犯が処刑されたように、誕生日と命日って、密接な関係があるような気がします。今上天皇はいわば、呪いをかけられた。

そしてわたしも、昭和という時代に呪われている。

【関連記事】
あめのみくりや:誕生日と命日について覚え書き

ロリータ℃は物語の最後に言う。「まだ終わってないよ、だって、まだなにも始まってないもん」

そうだよね。

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2011年10月14日 (金)

最近聴いてる音楽その1:後藤次利

また更新がお留守になりがちなので、最近聴いてる音楽を紹介しようと思います。

まず、後藤次利のソロと、ユニットのWAIP。今一番ハマってるといってもいい。

河合その子やおニャン子関係だけでなく、後藤次利のソロ・インストゥルメンタルにも興味を持つようになったきっかけは、やっぱり『MPDサイコ』ですね。あの架空のミュージシャンのルーシー・モノストーン、ドラマの中の位置づけ的には、新興宗教の教祖、まるで麻原彰晃のような役どころ。あるいは、マリリン・マンソンかな?

そのルーシー・モノストーンの音楽というのを、後藤次利が担当していた。受話器から聞こえてくる音楽によって、聴く者を洗脳してしまうというのだから、ストーリーの中では、すごく重要な要素です。

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ドラマ自体は全体的に安っぽくてB級感が漂いますが、音楽だけは飛び抜けていました。もう今から11年も前になるんですね。しかしこの新しさはなんなんだ。

Lucy Monostone - Strange New World

この曲だけでも、なんとなく洗脳されそうになるw。たぶん秘訣はベースだよね。WAIPと同じように7弦ベース使ってるのかな?わたしは楽器にあんまり詳しくないのでよくわかりませんが、ベースの音が独特で、なんか癖になるんですよ。

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前記事にも書きましたが、WAIPの『aquarium』はどことなく『ロリータの温度』の流れを感じさせるんですよね。まるで、地底湖に人知れず沈む死体のような…。なぜか腐乱はしていなくて、死んだときの姿のまま沈んでる…って、何言ってるんだ、自分。

でね、そこからひたすらメロディが流れてくるの。水源が音源。

1stの『visual range』は勢いがよくて、まるで火のよう。2ndの『aquarium』はタイトルどおりまるで水のよう。火と水でバランスいいですね。わたしの好みはまあ、2ndほうですけど、やっぱ日本人って、どこかウェットなものが好きなのかもね。

特に好きなタイトルは5曲目『cloudy』、6曲目『驟雨』。この流れが最高。1曲目の『記憶の素粒子』はボーカル入りで、最もメッセージ性が強い、やっぱり最初にこれを聴かなきゃって感じで1曲目ですよね。

歌詞はサックスとボーカルのKlammyさん。サックス奏者でありながら、声もまた透明感のあるいい声!そしてこの意味深な歌詞が、まるで水のように、心に浸み入ってきます。

もう 今は そう ここで ゆっくり ゆっくり 潤しながら そう いつか もう一度 静かに 静かに 流れるように 離さないで なくさないで いつまででも 夜が明けても 遠い町の 遥か彼方 この世界は 儚く消えてく 光の粒 色を変えて ほら 未来に 果てなく広がる

とにかく最近では一番のお気に入り。一押し。

視聴はApple Storeで。購入は後藤次利個人レーベル「tutinok」からのほうが在庫があるかも。

【外部リンク】
後藤次利 つちのこ tutinok

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そして、後藤次利のソロ。『Fitzbeat Years 1983-1985』。中身は『Breath』(1983)、『INNER SUGGESTION』(1984)、『CITY TRICKLES:街の雫』(1985)の3枚セットとなっています。ちょっと高かったけど、買っちゃいました。3枚組だからしょうがないかな。

とにかく格好いい!そして、今聴いても音がぜんぜん古くなくて新しい!

アイドルソングを多く手がけて、ヒット曲も多く出し、後藤さんって、てっきり商業的な作曲家なのかなってずっと思ってたのだけど、なかなかどうして、かなり芸術家肌のマニアックな方だったのですね。

この3枚の中でわたしのお気に入りは『Breath』です。本人のインタビューでは「新レーベルの幕開けにしてはダークな世界」とのこと、でもそこがいい!『INNER SUGGESTIONS』はボーカルも入ってたりして、もうちょっとキャッチーな感じになってます。

『CITY TRICLES: 街の雫』はもともとアルバム2枚分を1枚のCDにまとめているようで、前半はインストゥルメンタル、後半はボーカル入りと分かれています。WAIPでリメイクされている『THE NIGHT LANDING: 誘導灯』の元型も収録されているのでこれは必聴。

しかし、ボーカルはどれもボーカロイドみたいに加工されていますね。誰が歌ってるかはあんまり意味がないみたいな。あくまでもベースが主役でボーカルは脇役だもんね、この場合。

通して聴いてみて、決して時代に流されて色褪せることのない、時代を超えて流れ続ける静かな脈動、一度はまると病みつきになる中毒性はもともと後藤さんの持っている持ち味であったことがよくわかります。

ブックレットのインタビューより:

CBSソニーとしてはもっとPOPなサウンドを期待していたかもしれないね。そう思うと「Breath」は、いきなり新レーベルの幕開けにはダークな世界だったかな?

でも、子供に画用紙とクレヨンを与えるように、僕にベースとレコーダーを与えると基本こういう「絵」を描く傾向があるから…

そのマニアックな傾向、ダークさ、陰鬱さというのは、見事に河合その子に提供した楽曲にも表れていましたよね。その子ちゃんは「憂い」を表現させたらナンバーワンのアイドルでした。後藤さんの世界観を表現するのにその子ちゃんは本当に最高の素材だったのだろうと、つくづく思います。

出会うべくして出会った、本当に似合いの夫婦ですよね、このお二人も!

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というわけで、続けて、最近お気に入りの音楽の、レビューってほどじゃないけど、思うところを、1記事ずつ書いてみようと思います。かなりマニアックですよ。でも、最近の流行の音楽にはもうこりごり、もっといい音楽ないかなって探してる人にはけっこう役立つかも。

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